め乃惣のはじまり – 泉鏡花『婦系図』と魚徳の物語
明治の文豪・泉鏡花が代表作『婦系図』の中で描いた
“担ぎ棒の魚屋・めの惣”には、実在のモデルがいます。
八丁堀を拠点に、柳橋の花街や料亭へ魚を担ぎ棒で運んでいた魚屋、
萩原徳次郎(はぎわら とくじろう)――
め乃惣店主・萩原の先祖です。
鏡花は、天秤棒に鯛を担いで歩く徳次郎の姿に、
下町に生きる職人の誇りと情の深さを見出し、
『婦系図』の中に「めの惣」という名で描き残しました。
その徳次郎が大正七年(1918年)、
割烹 「魚徳(うおとく)」 を構えた場所が、ここ神楽坂です。
開店に際しては、泉鏡花みずからが
「魚徳開店披露」という祝文を寄せ、
「数ある鮮味の中に、また一つ誠味の店を開く」
と、徳次郎のまっすぐな仕事ぶりを讃えています。
やがて魚徳の流れは、現在の 「め乃惣」 へと受け継がれました。
屋号の「めの」は、鏡花が好んで用いた
“女(め)と情の系譜”を思わせる言葉でもあります。
文豪・泉鏡花が見つめた魚屋の姿から始まり、
大正の神楽坂「魚徳」、そして令和の「め乃惣」へ。
私たちは、徳次郎の残した
「誠味の店」 という言葉を胸に、
一椀一皿に心を込めて、お客様をお迎えしています。
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